東北地方太平洋沖地震 津波被災地ボランティアレポート
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9. フランスに戻って

ボランティアから東京に戻ってから、そしてフランスに戻ってからも、なかなか心身の疲れが取れませんでしたが、少しずつ回復する中で、このレポートを書きたいと思うようになりました。

というのも繰り返しになりますが、被災地支援は今後長期的に継続していかなくてはなりません。そのためには人的・物的・経済的援助が重要です。各方面からそのことは訴えられていますが、私のレポートもその小さな一端になればと思っていますし、そのために夫にもフランス語でレポートを書いてくれるようにお願いしました。フランス人である夫から見た今回の体験は、私とはまた違う視点からのものですから、もしできれば読んでいただけると幸いです。

さて、人的援助に関しては、今後ある程度清掃などが進めば(といってもずいぶん先の話しですが)、また違う支援も逐次必要になってくるでしょう。引っ越しの手伝いから、壊れた家の修理、地域の美観化や活性化イベントの手伝い、雇用創出へのきっかけづくり、心のケアなどなど、多岐にわたる専門的な支援が必要になってくるでしょうから、それぞれの特技を生かしたボランティアへの需要が高まってくると思います。

東日本大震災でのボランティア人数は阪神淡路大震災と比べ低調と言われているなか、7月からまた個人ボランティア受け入れ制限を始めた自治体も多いと聞きました。個人での参加は難しくなっていくのかもしれませんが、活動場所はまだまだあるはずです。というか塩釜の現場にて更新していらっしゃるブラザーのブログなどを見ても、実際にありますし、人手はまったく足りていません。

私にとって、ボランティアは自己満足的な面がないと言ったら嘘になりますし、最初に書いたように、そもそも私は自分のために被災地に行きました。でもたとえ自分のためであろうとも、結果として多少は被災地の皆さんのお役に立てたと思いますし、やはり行ってよかったと心から思います。もし機会があるのなら、団体・ツアー、何でもいいです。たとえ1日でも皆さんに現場に行ってほしいと思います。

物的・経済的援助に関しては、支援サイトで直接被災者に必要物資を送ったり、一般的な募金のほか、私が参加したような団体に直接募金をしたりすることも、大変重要な、かつどこにいてもできる行動です。被災地に行かなくともできることはこれまたまだまだ限りなくあります。

私たちも自分たちで支援物資を買って持って行ったり、日本に行くことを知ったフランスの友人たちからも衣類やおもちゃを預かりましたが、避難所に持って行っていいのかわからなかったので、半分を支援サイトから、残りを避難所に持っていきました。結果として、避難所に預けた分も気持ちよく受け取ってはいただけました。支援サイトを通じて差し上げた物に関しては、ダイレクトに欲しい人に差し上げられたのと、被災者の方と直接やりとりができたのはよかったと思います。ただ、こうしたサイトを使いこなせない人が多数だとは思うので、偏らないようにするのが大事かなと思います。

最後に補足ですが、フランスに戻ってきて、震災のために日本から避難してきたという2組の日仏カップルに出会いました。どちらも小さなお子さんがいるカップルです。パリでまた一から新生活のスタートということで、物質的・精神的に決して楽ではないでしょう。また、こうした国外脱出組を「非国民」扱いすることがあるとも聞いています。でもどちらの家族も震災前は日本での生活をとても楽しんでおり、震災による原発事故さえなければ今も日本で暮らしていたはずなのです。お子さんのことを考えての苦渋の決断だったことは容易に想像がつきます。

一方で震災後また被災地に戻ってきた日仏カップルもいました。塩釜駅前でマカロンのお店をやっており、一時フランスに避難していたそうですが、私たちが被災地を出た翌日にお店を再開店したそうです。あいにくお目にかかることはできなかったのですが、NHKのニュースでお店のことが放送されていたのをたまたま目にし、お店にお客さんが戻ってきている様子を見て本当にほっとしました。こちらにも小さなお子さんがいるそうですから、ただただがんばって欲しいと祈るばかりです。


7 Responses to 東北地方太平洋沖地震 津波被災地ボランティアレポート
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  1. 粟田御鈴 より:

    体験談の記事の次が待ち遠しいです!

  2. 粟田御鈴 より:

    野々島での活動の様子が眼の辺りに見えるような記述に引き込まれながら読ませて頂きました。写真もいいですね。
    体験談がなぜこんなに細切れになってしまったのか、読む側としてはちょっと残念です。
    全文が掲載されるまで待ってから最後に纏めて読む方が、連載としてよりも印象に残る気がします。

    • Kyo ICHIDA より:

      粟田さま
      貴重なご意見をどうもありがとうございました。
      荒木さんご夫妻のレポートは8日間の現地でのボランティア活動と前後の経緯・心情が綴られています。
      長文を分割する必要があったのはもちろんですが、なるべくレポートの時間軸に沿って掲載したい意図がありました。と申しますのは、ご存知の通り復興は一気に進めたくとも実際には非常に時間がかかり、また特に海外では始めはニュース等で大きく取り上げられても、やがて忘れられてしまいがちです。
      少しずつしか進むことができないけれども、継続的に思い出していただければ、という試みで連載の形を採らせていただきました。
      このレポートは連載終了後も永く掲載し続けますので、また是非まとめてお読み頂ければ幸いです。
      本当にどうもありがとうございます。

  3. 竹村友美 より:

    こんにちは。麻美さんの体験談を拝見させていただきました。私は今現在アメリカに住んでいます。今回コメントさせていただいたのは、今度大きなペーパーを書くのですが、その際の私のペーパーの主題が東北地方太平洋沖地震です。ペーパーをサポートするために経験者の方にメールで何問か質問をさせていただきメールを通じてインタビューをさせていただけたらと思います。
    もしお時間があれば、Eメールという形になりますがご協力お願いいたします。

  4. 竹村友美 より:

    何度もすいません。Eメールじゃなくても大丈夫です。
    質問は、
    1、地震が起こった時の人々、政府の対応。
    2、地震が起こった後の人々、政府の対応。
    3、現地に行った時に身を以て感じた深刻な問題。
    4、国単位で被災者の方々や問題解決のためにすべきこと。
    5、個人個人で被災者の方々や問題解決のためにできること。
    少しお時間取られますが、お願いいたします。

  5. 北村 幸子 より:

    これから、寒くなりますから、毛布、布団をたくさん用意してください。そして、何日に地震がおきたら、家計簿に地震おきた、時間と震度を書いておくこと。そして、2階にも、すぐに逃げられるように、非常階段をつけておくこと、非常口を作ってください。

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